2015/10/04
猫日和②<野良猫たちとのお付き合い・出来事編>
今回は、我が家の猫たちのルーツを書いてみたいと思います。 9年前の春、お勝手によぼよぼの猫が1匹、現れました。 毛に艶もなく、足元も覚束ないほど痩せてよぼよぼの猫でした。 思わず温めた牛乳を与えました。 当時、猫に人間用の牛乳は良くないとの知識もないほど、後先考えなしの行動でした。 猫は毎日やって来ます。 姿の哀れさは変わりません。 毎日、思わず手元にある何かを与える日々が続きました。 1週間ほど経った頃でしょうか。
猫は4匹の子猫を連れて現れました。
よぼよぼだったのは、産後の肥立ちが悪かったのですね。 さあ、子どもたちは大はしゃぎ。 餌やりはバリエーションを増して続きます。 子猫たちは裏庭に居着いた模様です。 母猫は出掛けたり、戻ってお乳をあげたりの日々になりました。 また1週間ほど過ぎたある日、母猫が戻りませんでした。 そして、そのまま母猫は二度と戻りませんでした。 4匹の子猫たちは撫でられる程度には懐きました。 与えるご飯もちゃんと食べて、しっかり育ちました。 それでも、家に入ろうとはしなかったので、外猫として世話をしているつもりでした。 反省は、次回に書きます。 子猫たちは大きくなり、家を離れる時間が多くなり、2年間はつかず離れずの関係が続きました。 3年目の春、1匹のメス猫が子猫を3匹産みました。 裏庭の物置で産んだため、庭から出入りしやすい風呂場に居場所を作ってやりました。 母猫は風呂場で子育てをしました。 子猫たちは良く懐き、初めて設置した猫トイレも覚え、初めての飼い猫らしい飼い猫となりました。 1匹は里親にもらわれ、2匹は飼い猫として残りました。 同時に、もう1匹のメス猫が、子猫を6匹引き連れて庭に出入りするようになりました。
いつもの餌やりが拡大し、餌代やトイレ、近所への糞尿被害の問題も考えるようになり、 世話の仕方を悩むようになりました。
家族会議の結果、出来る限り家の中で飼うように、方針転換をしました。
しかし、外に慣れた猫たちは出入りが激しく、頭は痛む一方です。 猫たちは自由です。 居残る子、姿を見せなくなる子、懐く子、全く懐かない子、様々でした。 飼い猫が3匹の子猫を産みました。 同時に、馴染みの野良猫が6匹の子猫を庭に連れ込みました。 無視できず、すべての子猫を室内に保護し、里親に託せるよう、しつけをしました。 9匹の子猫では、何よりもトイレの世話が追いつかず、臭いや衛生問題で 家族みんなパニック寸前の数ヶ月を過ごしました。 それでもその甲斐あって、すべての子猫がもらわれて行き、 野良猫だった母猫が飼い猫になってくれるという成果になりました。 母猫には避妊手術もさせてもらいました。 その後は、毎年春は子猫の季節。 毎年2匹から3匹ほどの子猫を保護し、トイレや人慣れのしつけをし、里親に託すと言うドタバタが恒例となっています。
次回は、前出の反省について、書いてみたいと思います。
ふもふも
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